悩める青少年の夜 後編






 「お前・・・俺の事、好きなの?」

 それは茉莉をからかうためのもので決して本気じゃなかった。すぐに「そんなわけないでしょ」と怒り出すだろうと思っていた。

 なのに。


 否定も肯定もしない少女はただ呆然と俺の顔を眺めるばかりで。どうやら本気に取ったようだ。
 馬鹿な事を言ったと自覚した俺は努めて軽い口調で、

 「ったく、冗談だって。何固まってんだよ、ほら行くぞ送ってやる」

 笑んで、いつものからかいだと暗に伝える。本気ではないと。情け無い事にこの場で振られる勇気がなかったんだ。
 だから一刻も早くこの話題から離れて、彼女を部屋まで送り届けたいのに、茉莉はそれを拒否するように相変わらず動こうとしない。

 ・・・何だって言うんだ。

 そんなに驚かせる事だったのか・・ありえなさ過ぎて?
 しかし、そうではなかった。

 自然、諦めの溜息を吐いてしまった時、彼女は何の前触れもなく消え入るような声で言ったのだ。

 「・・・好き」

 ・・・は?

 「おい?お前・・」
 「そうよ、あたしは帝君が好き。今日、パーティーが終わったら言おうと思ってたの」

 先程まで固まっていたのが嘘のようにスラスラと口から出る言葉が夢のように遠くで聞こえた。
 茉莉は何を言っている?俺が・・・好き?これは空耳だろうか。

 「ずっと気付かないようにしてた。あなたは義理とは言え弟だし、財閥の御曹司。気持ちには答えちゃいけないって言い聞かせてた・・」

 信じられずに困惑する俺に本気だと語りかける彼女の力強い瞳に息を飲んだ。
 正直、頭の中はぐちゃぐちゃだ。だって、茉莉はあいつ、御影流架がいるんだろう。振られても好きだったんだろう?少なくとも俺はそう信じていた。

 「失恋して、辛い時帝君が傍にいてくれて立ち直る事が出来た・・・捕まった時、あたしのために体を張ってくれた・・・どんなに突き放しても想い続けてくれた」

 ・・・本当・・なのか?信じてもいいのか?もうこれ以上傷付くのは嫌なんだ。

 答えは彼女の透き通った涙がくれた。溢れ出るそれが真実だと、俺が好きなんだと訴えてくる。

 無意識の内に伸ばされた手は、しかし彼女の次の言葉によって行き先を見失ってしまった。

 「でも、ようやく自分の想いに向き会った時には帝君はもうあたしなんか見ていなかった・・・当然よね」
 「今更遅いのはよく分かってるけど、言っておきたかったの」

 そうして清々しく笑う――それに俺は見覚えがあった。
 いつだったか、早朝にも関わらず俺の事を外で待っていた事があった。その時に見せた笑顔そのままに、実に晴れやかなもので。

 伝えたい事とはこの事だったのだと今更ながらに気付く。

 「ごめんね。大丈夫、明日からちゃんと義姉として接するから――これからは義姉弟として仲良くしていきましょ」

 俺が必死に混乱する頭をフル回転している間に何やら彼女の中で決着がついてしまったらしい。
 ・・・これからは義姉弟として仲良くしていくだと?そんな事が本当に出来ると思っているのか。こんな告白をされて、それを忘れて生活をしろと?

 勝手に告白して勝手に納得して、また俺から離れていくつもりなのか?・・・そんな事は許さない。許せるはずがない。

 「あの・・帝君?あたし、一人で戻れるから・・手を・・」
 「ふざけんな」
 「・・・え!?ちょっと・・・!」

 掴んでいた腕を引っ張って茉莉の華奢な体を逃がさないとばかりにしっかりと腕の中に抱く。

 鼻腔をくすぐる甘い香りに酔う。俺は、ずっとこうしたかったのだ。


 茉莉と距離を置き、話さなくなり、気が狂いそうだった。
 夜、気を散らすために屋敷を出ていたがそれでも彼女を考えない時はなかった。

 茉莉があいつと一緒にいる姿を見ては諦めようと思った。きっと出来るだろうとも思っていた。だが、今となってはもう不可能だ。
 この温もりを知ってしまった今、もう彼女を手放す事なんて出来ない。

 好きだ。たまらなく愛しい。

 いくらキスしても、どんなに強く抱き締めても、全然足りない。俺だって健全な男子校生なのだ。しかも最近は彼女のせいで欲求不満気味だ。

 しかし、忌々しい事にパーティーはまだ終わっていない。すぐに戻らなくてはいけない。

 本当に俺の誕生日を祝う者が何人いるか知らないが、また無駄に笑顔を振りまかなくてはいけない。

 だが、きっと俺は今までにないほど自然に笑顔を浮かべる事が出来るだろうと、彼女と笑いあいながら思った。  











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